浦和レッズが初優勝!(2006年JリーグJ1)

浦和レッズがついに頂点に立ちました!

Jリーグ史上最多の6万2241人の観客で埋まった埼玉スタジアムで、浦和レッズVSガンバ大阪の優勝決定戦となるJ1最終節が行なわれました。

ガンバ大阪が前半21分の先制ゴール!ですが、このゴールで本来の浦和レッズが目覚めた感じがしました。浦和レッズのブッフバルト監督も「1発殴られて目が覚めた」と試合後に話していました。

ガンバ大阪に先制された後、一気に浦和レッズが反撃開始!前半27分にポンテが右サイドを独走し、ガンバ大阪のシジクレイの緩慢なディフェンスも手伝って、同点ゴール!44分には鈴木啓太からポンテ、ワシントンとつないで勝ち越しゴールが決まりました。もうこれで勝負ありでしたね。

後半ロスタイム、長いシーズンを締めくくるホイッスルが鳴り、Jリーグ随一のサポーターの思いがついに実りました。

浦和レッズ主将の山田暢久がJリーグ杯を天に突き上げました。「04年のステージ優勝の時とは重みが違う」。

優勝が浦和レッズ、準優勝がガンバ大阪。そのガンバ大阪は昨年の優勝チーム。この2チームがJリーグ創成期には、弱小だったとは思えませんね。
(ヴェルディが常勝チームだったのも信じがたいですが)

浦和レッズは、日本代表が7人、元代表が6人。新旧の日本代表が融合し、そこに外国人選手のよさが加わったチーム。ブッフバルト監督は「試合に出ない選手の力こそが浦和の真実」と語りました。

浦和レッズはこれで、ホームでは連続22戦不敗。スタジアムを埋め尽くしたのはリーグ戦最多の6万2241人。

浦和レッズが、名実ともにJリーグ随一のビッグクラブになりました。


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Jリーグ、J1優勝の行方は最終節へ!

Jリーグ1部(J1)は、第33節の9試合を行ない、首位の浦和レッズがFC東京と0−0で引き分け、2位のガンバ大阪が京都パープルサンガに3−2で勝ちました!

勝てば優勝が決まる浦和レッズは、攻守に積極的なFC東京を崩せず、無得点のドロー。後半35分に追い付かれたガンバ大阪はロスタイムにマグノアウベスが自身ハットトリックとなる劇的な決勝点を奪い3−2で勝利しました!

その結果…

JリーグJ1の優勝争いは、12月2日の最終節まで持ち込まれることになりました!

浦和レッズ VS ガンバ大阪の直接対決で全てが決まります!

浦和レッズが勝ち点69、ガンバ大阪が勝ち点66。とは言え、浦和レッズが圧倒的有利であることは間違いありません。浦和レッズの勝利、引き分け、2点差以内の負けならば、浦和レッズの初優勝。ガンバ大阪は3点差以上の勝利で逆転優勝となり、2年連続2度目の優勝となります。

J1その他の主な結果は、残留を争うセレッソ大阪、アビスパ福岡、京都パープルサンガはいずれも敗戦。京都パープルサンガは最下位が確定し、来季のJ2降格が決まりました。川崎フロンターレは鹿島アントラーズを破って3位以内を確定し、ジュビロ磐田は清水エスパルスとの静岡ダービーを制し、5連勝で4位に浮上しました。


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城彰二31歳 今季限りで引退

フランスワールドカップで日本代表のエースだった、元日本代表FW城彰二が今季限りで引退を決意しました。

城彰二は、23日にホーム三ツ沢球技場で行われる徳島戦の試合終了後、サポーターに直接伝えました。横浜FCは残り3試合で、現在首位に立っており、悲願のJ1昇格のため、城はサッカー人生のすべてを懸けます。

城彰二は、今季45試合中40試合に出場し12ゴール。横浜FCをJ2首位に押し上げた1人。FC東京の高木琢也監督も献身的なプレーを高く評価していて、城自身も「もう一度J1でプレーしたい」気持ちでチームを引っ張ってきましたが、左ひざは限界でした。

城は、高校時代に前十字じん帯を断裂し、00年の日本代表の中国戦で再度痛めるなど古傷になっている個所で、だましだましプレーしているが、試合後数日たっても痛みが消えないこともあり、納得いくプレーができないことに悩み、8月ごろには「このひざではJ1で満足にプレーすることはできない」と今季限りでの現役引退を決意しました。

クラブ側はまだ31歳で来季も十分に戦力として働ける上に、カズと並ぶチームの顔であることから慰留に努めた。しかし城の決意が固く、左ひざの状態は本人が一番分かることから、翻意は難しいと判断しました。

城はJリーグ開幕2年目の94年にジェフ市原(現ジェフ千葉)でデビューし、開幕5試合連続ゴール(4試合だったかな?)を決め、カズを超える将来の日本のエースとして期待されました。96年アトランタ五輪ではブラジルを破る「マイアミの奇跡」を起こした。日本代表として97年11月のW杯フランス大会最終予選イラン戦「ジョホールバルの奇跡」で貴重なゴールを決め、日本が初出場した98年W杯フランス大会ではエースストライカーとして3試合に先発しました。

今思えば、ジョホールバルでのイラン戦が城のピークでしたねぇ。

2000年には、スペインのヴァジャドリードに移籍、日本人として初めてスペイン1部リーグでプレーしました。

城は「史上最年少でS級ライセンスを取得したい」と話し、監督としてのJリーグ復帰を目指しているそうです。

城の引退決意に横浜FCのチームメートも刺激を受けており「城のためにも」と、残り3試合チーム一丸となってJ1昇格を目指します。


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浦和レッズ、鬼門の名古屋グランパスに敗戦

浦和レッズがつまずきましたねぇ。

名古屋グランパスVS浦和レッズの試合をテレビ観戦しました。

この日の浦和レッズは、3トップの名古屋に対応するため、今季初めて4バックの布陣でスタートしました。前半、浦和レッズの選手は微妙な連係のズレがありましたねぇ。普段はワシントンの下にポンテと並ぶ形の山田暢久は、右サイドに位置していたため、完全に連携の外側にいた気がしました。山田暢久自身も「ちょっと意識しすぎた。うちは相手を気にしては駄目。」と、相手に合わせてしまった戦いぶりを反省しました。

後半は、山田暢久とポンテを並べて、闘莉王もあがり、怒涛の攻めを見せましたが、いつもなら決めているシュートをワシントンや山田暢久が外し、名古屋グランパスGK楢崎正剛にもファインセーブをされて、ゴールをあげることができませんでした。

決めるところで決めないと、決められるのがサッカー。一瞬のスキをつかれ、ヨンセンに難しいヘッドを決められ0−1で敗れました。

これで浦和レッズは、名古屋グランパスとのアウェー戦で通算3勝13敗。今季、全てのチームからゴールをあげている浦和レッズですが、名古屋グランパスに対しては2試合で0ゴール。

苦手意識は克服できなかったわけですが、優勝に向けて浦和レッズが断然有利なことは間違いないわけですから、王者にふさわしい戦いをして欲しいですね。


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J1浦和レッズ ブッフバルト監督が今季限りで退任

Jリーグ1部(J1)で首位の浦和レッズのギド・ブッフバルト監督が今季限りで退任し、母国ドイツに帰国するそうです。退任の理由は「家族と一緒に暮らすため」。

ブッフバルト監督は、ドイツのウェルト紙に対し「これ以上、家族が離れて暮らすことはできない」と語り、たとえ慰留されても帰国の意思が固いことを明らかにしました。

ブッフバルト監督は、帰国後については「とりあえず少しゆっくりしたい」と、次のポストが未定と言いましたが、妻のジルビアさんは「いくつかのチームから、夫の連絡先を問い合わせる電話があった」と、ドイツなどのクラブチームで指導する可能性はありそうですね。

監督業を続けるなら、ブッフバルト監督の母国ドイツブンデスリーガで指揮を執るのが一番良いでしょうね。

ブッフバルト監督は現役時代に、ドイツ代表DFとして1990年のワールドカップ優勝に貢献し、94年ワールドカップにも出場。94年から97年まで浦和レッズでプレーしました。

万博で行なわれたガンバ大阪 VS 浦和レッズを見に行ったことがありますが、本当にブッフバルトはデカかったです!

ドイツで現役引退後、2004年に浦和の監督に就任。同年のJ1後期で優勝したほか、昨季の天皇杯も制しました。


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平山太りすぎ!体脂肪15%でロナウド状態

U−21日本代表候補、FC東京のFW平山相太が、3キロの減量しない限り、ベンチに座ることを言い渡されました。

FC東京は、天皇杯にてバンディオンセ神戸に7−0で圧勝しましたが、平山相太に出番はありませんでした。横浜Fマリノス、清水エスパルスなどJ1の7チームが順当に16強入りしました。

4回戦の残り2試合、鹿島アントラーズ−ホンダFC(JFL)、ジェフ千葉−札幌(J2)は8日に行われます。

バンディオンセ神戸相手に、FC東京チーム史上最多得点勝利。歓喜で沸く中、平山相太はベンチの後ろでダッシュを繰り返すだけの結果に終わりました。まるで、減量させられているかのよう。

「平山投入? まるっきり考えなかった」
と話したのは倉又監督。これで2試合連続で出場機会なし。平山相太を下げて、2点差をはね返す逆転勝利を飾ったガンバ大阪戦(22日)を含めて、チームは今季初の3連勝。皮肉にも平山抜きで勝っています。

平山相太を起用しない倉又監督は「まず体重を落とさなければいけない。目安として3キロくらい」と厳しい表情。今夏のヘラクレス退団の理由もオフの間の太りすぎ。FC東京入団時の体重は89キロ。現在87キロ程度まで絞ったが、明らかに足りません。

「(スタメンFWの)ルーカスは守備で相手を疲れさせることができるが、今の平山にそれはできない」と指揮官が話すように前線での運動量が少ない。体脂肪率も約15%で、平均的なサッカー選手の倍近い。

絞り込みダイエットができなければ、平山相太は先発復帰の座をつかめません。


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平山相太、Jリーグデビューへ追試!

FC東京のFW平山相太選手がJリーグ先発デビューへ、22日に「追試」を受けることになりました。

21日の流通経大との練習試合でFC東京は高さを生かす[3−5−2]のいわゆる「平山シフト」を試しましたが、チーム全体が機能せず、テストに至りませんでした。

22日の紅白戦で本来の4−4−2システムに戻して最終テストを行います。紅白戦で結果を残せば、鹿島アントラーズ戦はスタメン出場する可能性が高いでしょう。

平山相太は、明らかにコンディションが上がっていません。キレが悪いし、スタミナも無い。紅白戦で結果を残しても、鹿島戦で活躍するような感じも受けません。

「試合に出るのはいつなのか?」「Jデビューはいつ?」

いやいや、そんなことよりも、もっとコンディションを上げることが先決だと思うのですが…。


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平山相太、Jリーグ出場OK!

オランダリーグ・ヘラクレスを退団しFC東京と契約した、アテネ五輪日本代表FW平山相太選手の国際移籍証明書が、14日、オランダ・サッカー協会から日本サッカー協会に届きました。

平山が所属していた「ヘラクレス」は、前日まで移籍証明書の発行差し止めを示唆していましたが、事態は急転。

平山は15日締め切りのJリーグ登録手続きが完了すれば、即リーグ戦への出場が可能で、U−21日本代表やオシム・ジャパン入りにも支障がなくなりました。

平山の一連の騒動はこれで決着がつきそうですね。

以前にも書きましたが、オランダでは「楽しくなかった」と言っていた平山相太。こんなことは、思っていたとしても言うべきではないですね。そういうものを分かった上で海外移籍したのでは?若いとはいえプロなんですから、自覚の欠如ととられてもおかしくないかもしれません。

ですが、平山相太への期待が大きいのも変わりないです。

JリーグのFC東京で結果を残し、日本代表に名を連ねて欲しいです。



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ワールドカップ日本代表MF小笠原満男、メッシーナへレンタル移籍!

J1の鹿島アントラーズMF、ワールドカップ日本代表MF小笠原満男選手のイタリアセリエA、メッシーナへのレンタル移籍を認めました。小笠原は、28日にも正式契約のためイタリアに出発します。

メッシーナと言えば、昨季のセリエAで18位で、セリエB降格が決まっていましたが、不正問題でユベントスが降格処分を受け、何と、セリエA残留が濃厚になったとか。メッシーナがクラブの公式サイトで小笠原の加入を発表しましたが、鹿島はセリエA残留の確定まで放出しない方針を示していました。

ついに実現しそうな小笠原のセリエA移籍。レッチェだったり、メッシーナだったり、色々ありましたが無事に成立しそうです。完全移籍を目指して、とりあえずはレギュラーを獲得して欲しいですね。中盤にアイディアの少ない日本代表だけに、小笠原の力は必要だと思います。得点力もさらに磨きをかけて、イタリアで大きくなって欲しいです!



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横浜Fマリノス岡田武史監督辞任

今季、J1で12位と低迷している横浜Fマリノスは、岡田武史監督の辞任と、水沼貴史コーチの監督昇格を正式に発表しました。

岡田武史前監督は「勝負に対する執着心が薄れてきた。自分はそれだけでもってきた男なので、ここで引くことにした」と辞任する理由を説明したようです。

岡田監督と言えば、1997年フランスワールドカップのアジア最終予選で、加茂周監督の更迭を受けて、その後任として日本代表監督に就任したことで有名ですね。

この時の不振の日本代表(4試合で1勝1敗2分)を、就任後には韓国に2−0、イランに3−2で勝利するなど、3勝2分でフランスワールドカップへの切符を手に入れました。

その後、コンサドーレ札幌をJ1に昇格させ、横浜Fマリノスで2連覇(J1)を達成するなど、名将ぶりを発揮しました。

ところが、昨季9位と苦しみ、今季もFWマルケスの故障などで、戦術や選手起用が常にスクランブル気味だったような気がします。

少し体を休めて欲しいですね。少し距離を置いてサッカーを見て、また第一線に復帰してもらいたいです。

後任に当たるのは水沼貴史新監督。改めて思うんですが、Jリーグ創成期に現役だった人が、監督になっていっています。ラモス瑠偉監督(東京ヴェルディ)、反町康治五輪サッカー日本代表監督たち、海外で言うと、マルコ・ファン・バステン監督(オランダ代表)、ユルゲン・クリンスマン前監督(ドイツ代表)もそうですが、選手時代を知っている人が監督になっていくのを見ると、僕はまだ20代後半ですが、年齢を感じますねぇ(笑)。



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岩本輝雄が2年ぶりにJリーグへ

1994年、当時、ファルカン監督が率いる日本代表の「10」番を背負っていた岩本輝雄(現在タレント活動中)が、アビスパ福岡に復帰するというニュースが!

岩本輝雄といえば、ベルマーレ平塚(現 湘南ベルマーレ)を思い出します。

ベルマーレ平塚で思い出すのは、1994年のニコスシリーズ(2ndステージ)で、当時最強のヴェルディ川崎(現 東京ヴェルディ1969)とデットヒートを繰り広げ、最後は2位に甘んじたものの、その年の暮れの天皇杯を制した黄金期のベルマーレですね。

岩本輝雄を筆頭に、野口幸司、田坂和昭、名塚善寛、名良橋晃ら、当時の日本代表でデビューをし始めた選手が名を連ねた若いチームでした。

そんな中でも、私は岩本輝雄のプレーが大好きでした。

べガルダ仙台をベテランとして率いていた姿は記憶に新しいです。

2004年に、足首を手術した後にピッチを離れていましたが、「足が治れば現役復帰をしたい」と思っていたそうです。

ただ、厳しい勝負の世界。
しかも34歳という年齢。2年ものブランク。

かかえるハンデは大きいですが、ピッチの上で、「テル」が華麗に舞う姿を僕は楽しみにしています。



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